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ぐうの日常

香港映画俳優トニー・レオン梁朝偉を地味に応援する管理人ぐうの、日常のつぶやきです。  画像の無断転載は禁止です。

アモイの旅3 コロンス島 

 

旅行3日目、9月20日。この日も晴れて暑かったです。気温はやはり30度を超えていました。

ホテルのロビーで「コロンス」と言っても通じず、「鼓浪嶼島」と書いたメモを見せて、コロンス島への行き方を聞きました。行き方と言っても、コロンス島渡し船乗り場から船で行くしかないのです。とりあえずタクシーで渡し船乗り場へ行きました。

渡し船乗り場は観光客や客引きでごったがえしていました。胸にIDカードみたいなのをぶらさげたガイドさん(たぶん)が「コロンス島を案内しますよ」と言ってるのだと思うのですが、次々と大声で話しかけてきて賑やかというか何と言うか。
ちなみにコロンス島の「行き」はフェリー代無料で、帰りのみフェリー代を払います。

香港のフェリーなみの5分くらいの短い乗船を経て(二階席は1元代金がかかります。集金に来ます)、コロンス島へ。
コロンス島船着き場

港の近くの海鮮料理のお店の前には活きのいい魚がタライの中で泳いでいました(蟹は縛られてます・・)。
タライの蟹
料理店の前のタライ

コロンス島はアヘン戦争後、イギリス・アメリカ・フランス・日本などが領事館を設立していて、その後華僑や豪商が住宅や別荘を建てたりしたこともあり、様々な建築様式の建物が見られました。
とにかく暑くて、観光に来ていた中国人の皆さん、日傘を差していました。私は帽子だけだったので、日傘もあれば良かった・・と思いました。
粉ミルク問題があったので、滞在中はホテルでもコーヒーにもミルクを入れないで飲んでいたのに、ここで我慢できずにアイスクリーム(乳製品)を買い食いしてしまいました。
コロンス島1
コロンス島2
コロンス島4

海岸の遠くに見えるのは鄭成功の像です。
鄭成功は中国明代の軍人で、清に滅ぼされようとしている明を擁護して抵抗運動を続けた人物です。
ここコロンス島で軍事訓練をしていたので像があるそうです。父親が中国人、母親が日本人で、近松門左衛門の人形浄瑠璃「国姓爺合戦」のモデルになりました。
(明から清に移る時代って映画「エレクション」でも明時代にいたヤクザが清になったため香港に移住した話があったりと、中国の歴史の一つのターニングポイントとも言えるのかもしれないですね・・そしてそれほど遠い昔のことではなく現代に繋がる何かを感じさせる時代のように思えます)
鄭成功の像1
鄭成功の像2
この像の近くに「日光岩」というコロンス島最大の観光スポットがあるのですが、暑さのためバテてしまい、そこまで行けませんでした。

ピアニストを多く輩出している島らしく、通りのあちこちでピアノの音色が聞こえました。
ストリートミュージシャンもあちこちで見かけました。
コロンス島3
このイルカのレリーフがあった門の中は養老院かな?と思わせる建物の名前でした。ブーゲンビリアはアモイの街の花だそうで、アモイ島の方でもたくさん見られました。
コロンス島5
ピアノの音色のせいか、台湾に近いせいか、どこか洋風の古びた風景の中にあるこの島を散策している時、「言えない秘密」を思い出していました。
コロンス島6

コロンス島7
目的もなくぶらぶらして、また港に戻ってきました。対岸に見えているのがアモイの街です。目と鼻の先なんですよね。
コロンス島8
帰りは自販機でトークンを買って、乗船しました。二人とも午前中だけで「北京ダック」のように日焼けしてしまいました。涼しい時期(10月以降)の観光がお薦めかと思います。9月は台風もまだ来ますしね。

アモイに帰ってきてからの昼食です。麺ばかり食べてます。コロンス島で海鮮料理を食べれば良かったかなぁ・・高いだろうけど。
アモイの昼食

アモイの街でいろいろお店を覗いた後、ホテルに一旦帰ってから「SM城市」という「ショッピングモール」にタクシーで行きました。(ガイドブックにも載ってます)
ホテルからある場所にタクシーで行くのはいいのですが、帰りのタクシーを捕まえるのが大変なのですよね。
一台のタクシーが丁度自分たちの前で止まり、お客さんが車の中でお金を払っていたので、「あ、このタクシーに次に乗れる」と思った時でした。
私と夫とタクシーの間には10センチくらいしか距離がなかったはずなのに、次の瞬間、大きな荷物を持った中国人4人家族が突然前に割り込み、タクシーに乗り込んでしまったのです!

チャイニーズ・マジック!!

そうでした・・順番を守らない中国社会ではタクシーは、まだ前の乗客が降りないうちにタクシーに乗り込み「次の乗客は私!」と主張しないとタクシーを捕ったことにはならないのでした。(私たちは彼らのルールでは「単にタクシーの前でぼーっと立ってた人」なのです)

あまりのすばやさに「中国人は悠久の歴史を生きてるのではなかったのか・・・」と唖然としてしまい、ショッピングモールでタクシーを捕まえるのは止めて、近くのホテルに向かって歩き始めました。(ホテル前ならタクシーが拾えるかなと思い)
シェラトンホテルの近くの歩道橋の上で違法にお店を広げている人から、パチモン手作りナナちゃん(by「ミラクル7号」)のストラップを2個6元で買って歩いていたところ、「客家料理」の看板を見つけました。
夕食は宿泊しているホテルの近くのお店を探そうと思っていたのですが、昨日客家の土楼を見てきたこともあり、お店に入ってみました。
アモイ客家料理店
日本語で招き入れてくれた店員さんはやはりというか、日本語は話せなかった(私も料理を注文できるほど北京語はわからない)ので、お店の中でお客さんのおじさんたちが食べている料理を直接指差して注文しました。
(これまでは壁に貼ってあるメニューで大体料理を想像して指差したり、貼ってある写真を指差して注文するというような形でなんとかなったのですが、ここのお店のメニューはよくわからなかったのです)

お店の人は「これは4人分だから、多すぎる。二人分にするね」と(たぶん)言って料理を作ってきてくれました。
それがなんととても美味しかったのです!アモイで最後にとった想い出の夕食になりました。
昨日土楼での客家料理も美味しかったのですが「家庭の味」という感じで、このお店の方は「プロの味」という感じでした。
アモイ客家料理店2
料理を5種類くらい、お腹一杯食べて、二人で100元くらいでした。
ああ・・日本の、ウチの近くにこのお店があったらしょちゅう通うのになぁ・・・。
料理の名前を知らずに注文したので次にどこかで同じ料理を食べれるかと、食事の後で伝票の控えをもらったのですが、なぐり書きでよく読めません(泣)。

タクシーに割り込んできた中国人家族に感謝しつつ(でなければこのお店にたどり着かなかった)、偶然見つけた美味しいお店に感謝しつつ、アモイの最後の夜を過ごしたのでした。

アモイの旅レポートはこれで終わりです。長々お付き合いくださりありがとうございました。

category: 旅行

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