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ぐうの日常

香港映画俳優トニー・レオン梁朝偉を地味に応援する管理人ぐうの、日常のつぶやきです。  画像の無断転載は禁止です。

私はこんなものを食べてきた 2 

 

子供の頃の食べ物の思い出を徒然に綴ります。今回はお金では買えない食べ物の話。

・お嫁さんのお菓子

日曜の昼下がり。お嫁さんのお菓子がもらえるよ、ということを聞いて近所のお家へかけていく。

しばらく近所のおばさん達と庭で待っていると、縁側に白い角隠しを被った花嫁さんが手を引かれて現れ、一同溜息がもれる。
それと同時にダンボール箱に入った「お嫁さんのお菓子」が訪れた人々に配られ、自分も神妙に受け取った。子供心にも白粉の匂いのする美しい花嫁さんは「汚れなき存在」のような気がして、側まで寄って見ることが憚られて遠巻きに見ていた。

お嫁さんのお菓子は寿の赤い文字の入った白い袋に入っていた。食感はモナカの外側のふわふわの皮を固めにした感じ。ほんのり薄いピンク色だったと思う。
表面にざらざらとしたお砂糖の甘さがある。

成人していざ自分が結婚する段になって、何故か自分の「お嫁さんのお菓子」は食べそびれた。
結婚する前一年間は、実家より遠くに下宿して職場に通勤していたのだが、結婚式直前に実家に帰宅した頃にはお嫁さんのお菓子はもうご近所に配り終えて一枚も残っていなかったのだ。
父が早々とお祝いに訪れる近所の人達に気前よく何袋も渡してしまったのだと言う。その様子を想像するに、父は多少ヤケクソ気味だったのではないかと思うのだが。

結婚後は東京に出てきたので、妹の結婚式の時、妹が嫁ぐ前日に実家に帰った。その時ももう妹のお嫁さんのお菓子は残ってなかったと思う。お祝いのお菓子は出し惜しみせずにどんどん配る方がふさわしい。妹は自分のお嫁さんのお菓子は食べることができたのだろうか、聞きそびれている。

自分が結婚する時、着物を着て母と一緒に近所の家々を挨拶周りした。その時よく知らないお婆さんが「そう、結婚するの」と涙ぐむことがあり戸惑ったのを覚えている。母は私の気持ちを察するように「貴方が結婚して寂しい、ということではなくて、自分の結婚の時を思い出しているのよ。いろいろ苦労したことや何かを」と帰り道でそっと話した。

お嫁さんのお菓子にある喜びや不安や一抹の悲しさを、子供の時も密かに感じながら食べていたのかもしれない。
・建前の餅投げ

これも大体日曜のイベント。新築中の家の木造の骨組が出来上がった頃、餅投げが行われる。

友人たちと餅投げの話になった時、地方によってはお餅と共に飴やお金を撒く所もあると聞いた時は吃驚した。うちの地方では餅、オンリーである。(笑)ただし東京の方に出てきてから20年くらい経つので今はどうかは知らないけれど。

福のおすそ分けとは言え神妙になるお嫁さんのお菓子と違って、餅投げはどちらかと言うと「血湧き肉踊る」イベントだ。
木造の骨組みの屋根の部分に大工さんが上がり、待ちに待った大勢の人々の上に餅の雨を降らせる。

高いところから投げられる餅と言うのは意外と重く感じるもので、自分の方に落下してくる瞬間はかなり緊張する。
子供は危ないから、と少し後ろに下がらされる時もある。普段農作業で鍛えた体の大人達が殺気立って餅を取ろうとしている中に巻き込まれたら確かに危ないかもしれない。

少し離れたところで庭の木の根元に落ちたのを拾ったりするので、子供の収穫は少ない。いつも思ったよりも少ない枚数を持って帰宅するはめとなる。

お母さん達は割烹着の前を広げて必死に受け止める。
お餅の中でも花形の「鏡餅」、これを獲得するのは重いし数が少ないので難しい。

以前幸運にも母の割烹着に鏡餅が丁度飛び込んだことがあったそうだ。
あっという間もなく、隣にいた別の人の手が伸びてきて鏡餅はかっさらわれたのよ、と母が残念そうに言っていたのを覚えている。
鏡餅が惜しかったと言うよりも、咄嗟に他人から餅を時奪い取るという人間のあさましさを目の当たりにして心が傷ついたようだった。

いざと言う時に垣間見る人間の本性は恐ろしい。

ちなみに餅投げで拾ったお餅は「焼いてはいけない」(建前の家が火事で焼けるといけないから)とのことで、全てお雑煮やおぜんざいとして食べていた。

category: 食の思い出

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