ぐうの日常

香港映画俳優トニー・レオン梁朝偉を地味に応援する管理人ぐうの、日常のつぶやきです。  画像の無断転載は禁止です。

「憂鬱な楽園」「セデック・バレの真実」観ました 

 

※この下に「鍾鎮濤(阿B)の結婚式は欠席」の記事を書いています。


8月23日(土)新宿K'sシネマにて開催されている「台湾巨匠傑作選~ホウ・シャオシェン/エドワード・ヤン/ウェイ・ダーションの世界~」初日、「憂鬱な楽園」と「セデック・バレの真実」を観てきましたので、簡単な感想を。


「憂鬱な楽園」
ガオ・ジェさんLOVE♪な私としては、はずせない一本。
40歳を過ぎても何も成し遂げていないということに焦りを感じているチンピラ、ガオ(ガオ・ジェ)。後輩と一緒に上海で一旗揚げようと思うも、その後輩はもめごとばかり起こしていて頼りにならない。結婚を申し込みたい恋人は、親戚に呼ばれてアメリカに行くかもしれないと言う。

映画の冒頭、列車がトンネルを抜けたかと思ったら見覚えのある十分車站が見えてきたときには故郷に帰ったような懐かしさを覚えました。
台北の片田舎、ヤクザと言っても倉庫のようなところを閉め切っての博打中も、部屋の隅から子供たちの遊ぶ声が聞こえ、博打のテーブルの上に竹とんぼが飛んでくるという、どこかヤクザ稼業と生活が一体となっているようなのんびりとした風景。

知り合いの家で食事をしていると庭先からどこからともなく犬がやってきて食事をねだり、箸からそのまま肉を与える。
野心を満足させるものはなくとも、ふんだんに食べ物はある、やはりここは「楽園」なのではないか。
主人公は「上海に行く」と言いつつも「大事なのはコネ」と言い、コネがないと動けない、「英語が話せないからアメリカには行けない」と見知らぬ環境に飛び込む勇気はない。
「憂鬱な楽園」は邦題だが(原題は「南國、再見南國」)、なかなか映画にぴったりと合ってると思える。
南国のけだるい空気、どこまでも続くヤシの木と列車の景色は「欲望の翼」を思い起こさせました。

映画の中には「悲情城市」で長男を演じていた俳優さん、「悲情城市」で家族が皆いなくなり、最後にガオ・ジェさんと共に家に寂しく残ったお爺さんの姿も見えました。


「セデック・バレの真実」
原題の「餘生」は、「生き延びた者」という意味があるそうだ。霧社事件で生き残った原住民の人たちのその後を、様々な人たちのインタビューから掘り起こしたドキュメンタリー映画。
一本の映画として独立しているが、私の観た感覚からすれば、やはり順番としては「セデック・バレ」本編を観てからこのドキュメンタリーを観た方が、登場人物らの語る内容がよくわかると思う。

直接いろんな人たちに話を聞くという点で気づいたこととしては、当時の人たちの話す言葉として、原住民の言葉の中に「ケッコン(結婚)」「アンシン(安心)」などの日本語がいくつも混じるということだ。日本語教育を受けた彼らには自然な会話なのだろう、お墓の名前にも、ある人のお墓は「日本語が読めたから」と日本語読みの名前が刻まれ、ある人のお墓には「アルファベットが読めたから」とアルファベット名の名前が刻まれていた。

霧社事件は、日本統治時代は反乱だったが、現代ではモナ・ルダオは「抗日事件の英雄」として遺骨は霧社に祀られている。そのどちらも、その時々の統治者の都合による「決めつけ」であって、彼らはただ自分たちの土地や文化を守るための戦いであったのだろうと思う。
日本統治時代、たぶん日本人としては、半分は「良かれと思って」彼らを日本人化しようとした。それがいかに無知で傲慢な姿勢であったか、今となってはよく分かる。

生き残った者たちが歯を食いしばって日々を生きてきたからこそ、彼らの言葉や考え方や文化が今の時代に語り継がれていることに敬意を表したい。

祖先が昔住んでいた山に、許可を得て登る原住民の人たちの眼下にはビロードを敷き詰めたような美しい緑が広がり、高地の湖の傍でキャンプをしていると、夜、薪の明かりの中、鹿の群れが彼らに近づいてきた。それは神々しいような光景であった。かつては「狩る者」と「狩られる者」として存在していた者同士の邂逅。
人に狩られていない野生の鹿は、恐れもせずに自分たちの艶々した身体を明かりの中に晒していた。或いはその鹿たちはモナ・ルダオの魂だったのかもしれない。

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category: 映画

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