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ぐうの日常

香港映画俳優トニー・レオン梁朝偉を地味に応援する管理人ぐうの、日常のつぶやきです。  画像の無断転載は禁止です。

「PROMISE」再考 

 

先日3月1日(水)ファーストディ、「PROMISE 無極」二回目を観てきました。
一回目で不明だったところが消化されたのか・・まだ思考混乱中かもしれませんが自分なりにまとめてみました。多少、理屈っぽいです、そしてかなりネタばれしてます。
映画「PROMISE」では語られていない部分がある。それは北国の公爵・無歓が何故「華鎧」を欲しがったか、である。
王の城を包囲し傾城を欲した理由は、映画の最後の方で無歓の口から述べられている通りである。また、将軍・光明に対して刺客を放ったのは傾城を得るのを邪魔されないためと思われる。
何故そこに「華鎧」も必要だったのか。

ここからは仮説であるが、満神は無歓の元にも現れたのではないだろうか。それもかなり早い時期に。
そして「華鎧をつけた者が王を殺す」
「傾城は海棠の花が散り、太陽と月が同時に現れる時に華鎧を身に着けた真の戦神と巡り合う」という二つの予言を満神から聞いたのではないか。
そこで無歓は「華鎧を身に着けた自分が王を殺して、傾城の愛を受ける」という筋書きを計画する。(邪魔な光明を殺害するために必要な刺客を得るため北国の人々を皆殺しにし、その中から自分の意のままとなる人物を見つけ、時空を越えることができる黒衣を着せて刺客に仕立てるという念の入れようである)

二番手だった自分が一番となり尚且つ自分を過去貶めた相手の尊敬・愛情を得る、これ以上はない素晴らしい思いつきに胸を震わせたであろう。

映画の通り、その筋書きはあっさり破られ、無歓は一層光明と傾城に憎しみをつのらせる結果となる。

ここで傾城を中心に話を戻してみる。
傾城は満神より、「真実の愛を永遠に得られない」「この手にしたと思ってもすぐに失う」という予言を得る。

「真実の愛」というのは「相手の為に自分の命を投げ出すほどの愛」ということだろう。そして「その愛に傾城自身が気がつく」という二重の意味が重なって初めて「失う」のであろう。

まず華鎧を身につけた奴隷・昆崙は傾城を助けるために滝に飛び込んでしまう。
(その後、傾城は昆崙に再会するが、華鎧の者が昆崙だとは知らない=その愛に気づいていないので、昆崙を失うことはない。また光明の愛を得るが、それはまだ「相手の為に自分の命を投げ出すほどの愛」ではないので、傾城はそれを失うことはない)

そして運命の最後の無歓・光明・昆崙三人の対決。

光明は傾城を助けようとして無歓に刺され「死ぬな。生きろ。」と傾城に囁く。皮肉にもその瞬間光明は「愛を得たときが貴方の最期」という満神の予言どおり亡くなる。その言葉が傾城の心を捉え、傾城自身が光明の愛を感じたからこそ。

次は無歓。傷を負ったまま投げたナイフが傾城を縛っていた縄を切り、傾城を自由の身にする。このシーンは一見無歓が傾城を殺害しようとして失敗したかのように見える。
だが無歓は叫ぶ。「見ろ、お前を愛した男は皆死ぬぞ。
「皆」これには無歓自身も含まれている。無歓も最後の力を振り絞って傾城を助けた。実は無歓も傾城を愛していたということを吐露した瞬間だった。

最後は昆崙。昆崙は傷を負った自分のところに来た傾城を光明の元へ行かせた。最期を看取らせるように見せかけて、実は黒衣を着るため。自分の命を投げ出し時空を越え過去に遡り、傾城にもう一度未来を選ばせるため。

何故昆崙は愛を示したにも関わらずそこで死ななかったのか。
一つは黒衣を着たから。
そしてもう一つは無歓の告白により、傾城の存在こそが自分たち北国の人々を皆殺しにする原因だった事に気づいたから。(無歓が傾城の過去の行為により、人を信じる事ができなくなり民の虐殺をしたということ)

傾城を過去に戻し、満神との約束のやり直し・さらに死人のものを盗まなければ自分の母・妹・一族の死は免れるかもしれない。昆崙は傾城への愛を捨て、同族への愛に目覚めたからではないか。

傾城が過去に遡り、人生をやり直したとき真実の愛の相手は誰となるのか。無歓のような気もする。またはまったく別の人物か。それとも食べ物を得ることができずに幼くして亡くなるのか。
そこからは映画を観ている人のイマジネーションに全て委ねられているのだろう。

尚、私の文も全くの仮説です。違う感じ方をされる方々も大勢おられるだろうと思います。

category: 映画

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コメント

 

そうか、そうだったのかと思いつつ読んじゃいました。
満神は無歓の元にも!なるほどね。

ぐうさんってすごい。

蓮 #- | URL | 2006/03/06 04:23 | edit

すっきり!

なるほど、そういうことか、そう書かれると私の中のつじつまがあいます。

ある程度は理解できる頭を持ってると思っていたけどこの映画だけはよくわからなかった・・・
そして個人的にリウ・イエ君の役もどうしても裏切り者に思えず映画が終わったのでとっても気持ち悪かったのです・・・

それにしても「なぜ華鎧を欲しがったか・・・」は思いもしませんでした。ウギャ~!
ぐうさんの解釈、もちろんあるひとつの解釈でしょうが少しすっきりできた私です。

しかし、ぐうさんすご~い!

ドンチャ #C04vCiTU | URL | 2006/03/06 13:01 | edit

ぐうさん、すごいです!

私もずーーと考えてます。
素晴らしい解釈、感動です!!!

私もいっぱい考えてるので
そのうち書きます(ホンマかいな?)

私が気になってるのは
「無歓は満神に会ったのか?」てこと。
ぐうさんのお話、ひじょうに興味ぶかく読ませていただきました。

満神は全知全能の神じゃなくて
もしかして「心の迷いを持つ人の前にあらわれる預言者」っぽい人なんかな、と思ったりします。
無歓みたいな高ビーな人やクンルンのような純真な人のところにはこない(笑)

傾城はね~
さいご、映画のように、あそこの場面に戻って人生やりなおしても
もう「お饅頭はパクった後」なんですよね~(汗)

今週もういっかい行くのでまた考えます。

しごと中のため匿名(笑) #5zcN.rTA | URL | 2006/03/06 16:38 | edit

ありがとうございます

>蓮さん
>ドンチャさん
>しごと中のため匿名(笑)さん・・バレバレや~。

「PROMISE」好きなので一つの仮説として書いてみました。
無歓は謎の多い人物ですよね。他の人物も映画のシーンまでにどのような人生を送ったか多くは語られてませんが、特に無歓は何故傾城にこだわったのか最後になるまで明かされていません。

監督もわざと無歓を謎の多いミステリアスな人物として描いたのだと思います。語られていない部分が多くて観客にこれほどまでに解釈を委ねる映画も珍しいと思います。そこが批判にもなっている訳ですが。

>傾城はね~
さいご、映画のように、あそこの場面に戻って人生やりなおしても
もう「お饅頭はパクった後」なんですよね~(汗)

そこがまた考えさせられますよね。昆崙に「最初からやり直させてもらった」わりには傾城の人生はやはり波乱に満ちているという監督の暗示かもしれません。
そもそも、満神との約束のやり直しのシーンはありませんから、やはり前と同じ選択をした可能性もあります。輪廻のように同じ人生を繰り返しているのかもしれないのです。

傾城は、人類が戦いと憎しみの歴史からいつまでも抜け出すことが出来ないでいることの象徴かもしれないですよね。
(コメントのお礼のコメントでまた語ってしまった・・)

しごと中のため匿名(笑)さんの感想も楽しみにしてるよ~。

ぐう #ex3yOCrA | URL | 2006/03/07 00:15 | edit

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